大判例

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津地方裁判所 昭和51年(ワ)33号 判決

原告 井上英夫

同 井上菊美

右原告両名訴訟代理人弁護士 石坂俊雄

同 中村亀雄

右両名訴訟復代理人弁護士 村田正人

被告 三重県

右代表者知事 田川亮三

右訴訟代理人弁護士 俵正市

同 弥吉弥

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 若林秀雄

同 町田富士雄

同 渡辺直行

右若林秀雄訴訟復代理人弁護士 西川三男

主文

一  被告らは、各自各原告に対し、金四七九万八〇九〇円及びうち各金四四九万八〇九〇円に対する昭和四九年一〇月二一日から、うち各金三〇万円に対する本判決確定の日の翌日から右各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告井上英夫に対し金二五二六万六四四三円、原告井上菊美に対し金二五二六万六四四三円及びこれに対する昭和四九年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外井上佳治(以下単に「井上」という)は、三重県立○○高等学校(以下「○○高校」という)の生徒であったものであり、原告井上英夫、同菊美は右井上の両親である。

2  修学旅行

昭和四九年度の○○高校の二年生の修学旅行は、同一〇月一九日から同月二四日まで九州秋吉台方面へ五泊六日で計画され、同高校教頭乙山一郎他一〇名の教員(丙川春夫、月山秋夫がこの中に含まれる。)が引率して実施された。

そして、当時同高校の二年生であった井上及び被告甲野太郎(以下「被告甲野」という)は右修学旅行に参加した。

3  事故の発生

(一) 本件修学旅行の三日目である昭和四九年一〇月二一日午後九時三〇分ころ、熊本県阿蘇郡阿蘇町西前無田一〇六〇一の一、ニューホテル鵬閣の二〇四号室において、被告甲野は嫌がる井上を無理矢理に相手としてボクシングをはじめた。

(二) ボクシングの途中に二年D組の担任教諭である丙川春夫が二〇四号室に入ってきたが、右丙川は「やるなら布団を上げてやれ」と言って帰っていったので、二〇四号室の生徒たちは布団を室の隅の方に片ずけて、被告甲野と井上はボクシングを続行した。その後午後一〇時ころC組の担任教諭である月山秋夫が点呼を取りに来たため、被告甲野と井上はボクシングを一時中止した。

この時点において井上はすでに疲れはてておりふらふらしていた。そのため、同人は点呼後ボクシングをすることを拒否したが、被告甲野は強引にボクシングを続行し、同人の顔面及び左側頭部を殴打した。

(三) 結局ボクシングは引分けとなったが、井上は疲労困ぱいのため着替えもせずに床についた。そして午後一一時ころ、井上は嘔吐し、午後一一時五七分に阿蘇中央病院に救急車で運ばれたが、翌二二日午後一一時一五分同病院で死亡した。

4  死因

右死亡の原因は被告甲野のボクシングによる殴打にあり、右殴打により井上は頭部外傷(急性硬膜下血腫及び脳挫傷)の傷害を受け、右傷害により死亡するにいたったものである。

5  被告甲野の責任

被告甲野は、ボクシングをすることを拒否した井上を無理矢理にその相手として、ボクシングを強行し、井上の顔面及び左側頭部を殴打した過失により右井上を死亡させるにいたったのであるから民法七〇九条の不法行為責任がある。

6  被告三重県の責任

(一) 修学旅行の目的

本件修学旅行は、観光旅行やレクリエーション等ではなく、○○高校における学校行事の一環として計画されたもので、この修学旅行を通じて生徒の見聞を広め、歴史を実地に学ぶと同時に、グループ行動を通して自主自治の精神を体得することを目的としたものであり、同校における特別教育活動として行なわれたものであって、これは正規の教育活動に含まれるものである。

(二) 引率教員の注意義務

(1) 公立学校の教員は、学校教育法等の法令によって、生徒を保護し、監督・監視する義務があり、この監督・監視注意義務は、学校における教育活動のみならず、これと密接不離の関係にある生活関係の範囲にも及ぶものである。従って、引率教員は、修学旅行中の生徒の行動については、昼間の行動のみならず、宿舎到着後の夜間の行動についても十分に監督・監視する義務がある。

しかるに本件修学旅行においては、宿舎到着後、宿舎内における監督、監視をどの教員がどのような方法順序でどの場所についてなすかなどが具体的にも抽象的にも定められていなかった。特に本件事故発生の日は、宿舎への到着が遅れたため、生徒の外出を禁止したのであるから、体をもてあました生徒らが部屋の中で何をするかわからず、飲酒、喫煙のみならず危険な遊びをすることなども十分に考えられたのであるから、引率教員らとしては生徒に対する監督、監視体制をきちんととり、本件のような事故を未然に防止すべきであったにもかかわらず、右体制をとらなかったものであるから、右の点において同人らに過失があるといわなければならない。

(2) また○○高校の教諭であり、引率者であった丙川春夫及び月山秋夫は職務上当然に生徒の身体の安全と生命を守り修学旅行中の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず右義務をつくさなかった。

(イ) 即ち、右丙川春夫は被告甲野と井上が身体と主命に危険を及ぼすボクシングをしている二〇四号室に入ってきて、それを目撃したのにもかかわらず、ボクシングを中止するよう注意することもせず、かえって、危険なボクシングをすることを許可する「するなら布団をかたずけてやれ」という言葉を発して右注意義務を懈怠した。

仮にボクシングを目撃しなかったとしても、右丙川が二〇四号室に入ってきた時軽度の注意をつくせば、井上と被告甲野が汗をかいていること、荒い呼吸をしていること、座布団を両手にまいた腕を後ろにまわして隠していることなどを容易に発見することができ、同人らがボクシングをしていたことを見抜いてこれを中止させ、本件事故を未然に防止することができたものである。

しかるに、右丙川は生徒の生命・身体・健康よりも宿舎の備品が破壊されることに注意が向き、その点の観察がおろそかになり、引率教員として十分な注意をつくすことをしなかった。

(ロ) また、右月山秋夫は、二〇四号室の生徒の担任であったのであるから、同室に点呼にきた際に、生徒らの行動を十分に注意し、なにか危険な遊びをしていないか監視、監督すれば、その時の生徒らの状況からして、何らかの危険な遊びをしていることを容易に知り得たのにもかかわらず、漫然と点呼をした過失により、井上と被告甲野がボクシングをしていることに気づかず、本件事故の発生を未然に防止することができなかった。

(三) 従って、本件事故は○○高校の引率教員ら、あるいは丙川春夫及び月山秋夫の過失によって発生したものであるから、被告三重県は国家賠償法一条の賠償責任がある。

7  損害

(一) 逸失利益 一七五三万二八八六円

(1) 井上は、死亡当時一七才の男子であるが、同人は少なくとも高校卒業後は職業につくこと明らかであるから、その就労開始年令は一八才であり、就労可能年数は四九年間であるから少なくとも六七才まで就労可能である。

(2) 井上が就労した場合には一八才の男子の平均給与額(月額)六万二五〇〇円を下廻ることはない。

また、年々物価は上昇し、給与の昇給及びベースアップもあることを考えると、一律に一八才の給与で逸失利益を算出することは不合理である。従って、一年毎に年令に応じた同人の給与額を年令別平均給与の統計表(昭和四七年賃金センサス第一巻第二表の産業計・企業規模計・学歴計の年令別平均給与額を一・一倍したもの)によって求めると別紙記載のとおりである。

(3) 別紙記載のとおり、井上の得べかりし利益喪失による損害金は一七五三万二八八六円であり、原告井上英夫、同菊美は、いずれも相続により右損害賠償請求権の二分の一である八七六万六四四三円の請求権を取得した。

(二) 慰藉料

(1) 井上の慰藉料一〇〇〇万円。井上は生来健康に恵まれ、有意義な青春時代を送っていたものであって、人生一七年で他界しなければならなかった精神的肉体的苦痛は甚大であり、右苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円を下らない。

原告らはいずれも相続により右慰藉料請求権の二分の一である金五〇〇万円の請求権を取得した。

(2) 原告らの慰藉料各一〇〇〇万円。その将来に期待をかけていた井上を本件事故によって失った原告両名の精神的苦痛は筆舌に尽し難く、極めて甚大であり、仮に金銭に見積るとするならば、右両名の慰藉料額は各一〇〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 三〇〇万円

原告らは、被告らが前記各損害金の支払をしないので、やむなく法的手段によることを余儀なくされ、代理人との間で、三〇〇万円の訴訟委任契約をなし右同額の損害を受け、原告ら両名が各一五〇万円をそれぞれ負担することとした。

よって、被告らは各自原告井上英夫に対して、金二五二六万六四四三円、同井上菊美に対して金二五二六万六四四三円の金員及びこれに対する不法行為の日である昭和四九年一〇月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被告甲野)

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 同3(一)の事実のうち、被告甲野が井上を無理矢理相手にボクシングをはじめた点は否認し、その余は認める。

3 同3の(二)事実のうち、被告甲野と井上がボクシングをしたこと、その間に丙川と月山両教諭が二〇四号室へ来たことは認め、その余は否認する。

4 同3(三)の事実のうち、「井上は疲労困ぱいのため」とある点は否認し、その余は認める。

5 同4の事実のうち、井上が頭部外傷により死亡した点は認め、その余は不知。

6 同5及び7の事実は争う。

7 被告甲野のボクシングによる殴打と井上の死亡との間には因果関係はない。

後記8記載のようなボクシングの状況あるいはボクシングをした生徒はほかにもいたがその生徒には何ら異常がないことから考えると井上の死亡と被告甲野のボクシングによる殴打との因果関係は不明といわざるをえない。

仮に、その死因が本件ボクシング遊びに端を発するものであったとしても、阿蘇中央病院での外科手術が成功しておれば、井上は生命を落すことはなかった。

すなわち、右病院において、脳の橋状静脈の止血手術がなされたにもかかわらず、解剖時に二一〇ミリリットルの脳硬膜下血腫が存在したということは、右病院での止血手術が不幸にも完全でなかったことを示しており、右手術が完全であれば井上は生命をとりとめたことは明らかである。

8 被告甲野には過失がなかった。

(一) 不法行為成立要件としての「過失」とは、注意義務違反であるが、その注意義務違反の有無を判断する基準は、具体的事例における一般的普通人の注意程度であることに解釈上殆んど疑義の存在しないところである。また右注意義務違反といわれるものを一応分析してみると、結果の発生についての予見可能性の存在と結果の発生についての回避義務違反の二つの要素に分けられる。

本件においてみれば、被告甲野には以下詳述するとおり結果予見可能性がなかったばかりか、仮に右予見可能性があったとしても、右回避義務は尽している。

(二) (予見可能性の不存在)

(1) 本件において、被告甲野について右予見可能性の存否を考えることは、具体的に言えば「座布団を四つ折りにして手に巻きつけ、それを以って人の顔面及び側頭部を殴打したような場合、人を死に至らしめる可能性があることを、普通一般人が予見することが可能であるか」ということである。

(2) 近年、実戦空手及びキックボクシング等のいわゆる格闘技の試合が広く普及し、右各試合において対戦相手を素手で殴打しあるいは足によって頭部または胸部を蹴りつける等の荒い格闘が行なわれている今日の情況に鑑みるとき、本件ボクシングは、素人である井上と被告甲野が修学旅行の楽しい一夜をすごすため「遊び」として行なったものであり、更に右試合も終始「遊び気分」で進行し共にエキサイトすることもないままに進行したものであるから、喧嘩の如く相互に見境もなく渾身の力をふりしぼって強打したものとは考えられないばかりか更に加えて座布団を四つ折りにして手に巻きつけているところから、被告甲野が井上の頭部等を殴打したとしても、これによって井上の頭部に何らかの障害を発生せしめ、もって同人を死に至らしめる可能性あることを予見しうるものとは、一般的、常識的に考えられるものではない。医学的見地からも脳の固定状態が良い場合には、橋状静脈が破綻する可能性は非常に少ないのであるから、右破綻する場合のあることを予見しうべくもないことは論を俟たない。

(3) 座布団を手に巻きつけるに至った経緯につき、当事者双方は、座布団を二つ折りにしただけだったが、これでは痛そうだったので被告甲野の提案により四つ折りにしたものであって、本件ボクシングの当事者である被告甲野の具体的な立場に立脚して考えてみても、井上の「死」の結果発生については、全く予想の外にあったものである。そしてこのことは、一般人の常識的な認識にも合致するものである。

また本件ボクシングは、被告甲野が井上に対し「佳治やろうか」と誘い、井上が「うん、やろうか」と自由な意思で応じたことによって始まったものである。井上の右のような自由な意思による承諾が存在するということは被害者である井上自身も自分及び被告甲野の「死」の結果発生について予測(予見)していなかった事実を示すものである。仮に予見可能性があればこのようなボクシング遊びに井上自身応ずる筈がない。

(三) (結果発生回避義務の不違背)

右述のように、被告甲野には予見可能性はなく、従って、右回避義務違反はない(義務達反は可能性が存在する場合に初めて考えられる)のであるが、仮に右予見可能性があったとしても、被告甲野は左のとおり結果発生を回避するための義務を尽している。

(1) 先づ、本件ボクシングの装具につき、座布団を四つ折りにして手に巻きつけ、安全を期していることが掲げられる。

井上の死因については「鈍的物体による」橋状静脈の破綻によるものとされているが右「鈍的物体」が仮に右装具を施した被告甲野のパンチであるとするならば、医学的には右装具によっても死亡する場合があり、被告甲野は右回避義務を尽したとは言えないと考えられるかも知れない。しかしここにいう回避義務も一般的、普通人を基準とするものであることを忘れてはならない。私達はスポーツや自動車、電車等の交通機関その他あらゆる生活分野において、「衝撃」を柔らげるためにクッション(それはスプリングであったり、綿であったり、その他のものであったりする。)を使用している。これは、右の物が加えられた力を吸収すると一般的に考えられているからである。本件ボクシングにおいて、被告甲野が素手ではなく、座布団を二つ折りでもない四つ折りにした方法を用いたことは、右社会一般の常識に合致する安全な方法と考えたことを示している。若し、素人のボクシング遊びにこれ以上の義務があるとするならば、それは「ボクシングは死を招来するものであるからこれを禁ず」という絶対命題に他ならない。

(2) 次に本件ボクシングの進行中、常に装具の点検を行っていたことが掲げられる。本件ボクシング進行中、巻きつけた座布団がゆるんでくると、同室者が何度も巻き直して、座布団が手からはずれないように注意していたので、素手で打ったことは一度もなかった。

(3) 最後に対戦当事者が壁などに突き当らないように安全を考慮したことが掲げられる。

本件ボクシング進行中、他の同室者達は、テレビ、壁、柱、障子などの前に立って、井上、被告甲野の両名がそれらのものに接触しないよう安全性について配慮していたので、現に右両名は壁などのものに接触したことなど一切なかった。

(四)(1) 凡そ柔道やボクシングのような競技においては、対戦当事者の連続変転する攻撃、防禦の複雑な組み合わせによって進行してゆくものであるから、ある段階の動作を一つ一つ静止させて把握し、これを分析的に検討して、対戦当事者の行動を評価することは適当ではない。

(2) 本件ボクシングにおいて、被告甲野は手に装具をつけるなどの安全装置を施していたばかりか、ラウンド数・時間・休憩時間等のルールを取決めたほか、ボクシング進行中当事者のみならず、同室のものも声援を送ったりして観戦し、何ら危険性は感じなかったものである。

この点は、被告甲野のみならず井上も体格が良く、お互いにこれといった決定打もなしで、途中でやめようとも言わずに競技が進行したこと、途中に相撲をとったりした者がいたこと、井上対被告甲野戦が終った後同室の海川、山海の両名がボクシング遊びを始めたことなどによって明かである。だからこそ、レフリー役の者をはじめ同室の誰もが井上、被告甲野両名のボクシングを止めさせようとしなかったのであり、又、止めさせる情況もなかった。

以上のとおりであるから、被告甲野の行為は何ら非難されるべきものではなく、従って、過失があるとは言えない。

(被告三重県)

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 同3(一)の事実のうち、二〇四号室で被告甲野と井上がボクシングをしたことは認め、その余は否認する。

3 同3(二)の事実のうち、ボクシングの最中に、D組の担任の丙川が二〇四号室へ来て生徒らにあばれないように注意したこと及び午後一〇時頃C組担任の月山が二〇四号室へ点呼をとりに来たとき被告甲野と井上が一時ボクシングを中止したことは認め、その余は否認する。

4 同3(三)の事実のうち、井上が「疲労困ぱいのため」とある点は否認し、その余は認める。

5 同4の事実のうち、井上が頭部外傷により死亡した点は認める。死亡原因が本件ボクシング遊びの際の頭部打撲である可能性が大きいことは否定しない。

6 同6及び7の事実は争う。

7 学校側(教員)の無過失

(一) 修学旅行中の高校二年生の判断能力およびそれに対する引率者の注意監視義務につき、神戸高校白馬大雪渓修学旅行事件の判決(神戸地方裁判所昭和四九年五月二三日判決、判例時報第七六七号七五頁)はつぎのとおり判示している。

「一七年余に達した高校二年生は、成人に近い判断能力を有していたとしても、まだ未熟なものがあり、又、修学旅行が研修旅行であるとしても、旅行であれば平素とは違って浮わついた気持が加わっていたことは否定できず、倉田正昭らは、始めて見る大雪渓に好奇心を持ち、決められた行動についての規制を越えてしまったものであろうことは想像しうるところである。

もともと、本件見学は、水泳訓練において水の中に生徒を入れたり、冬山登山において生徒を山岳に登らせるのとは異なり、大雪渓を見学することが目的であるから、生徒に雪渓の危険性を理解させ、これに近づかないように監視することが引率者としての最も重要な注意義務の内容であると考えられる。前記認定のとおり、引率者としての教諭の生徒に対する注意は、修学旅行の準備段階においては、一般的、抽象的になされていたものが、その実施にあたり、特に猿倉と解散地点においては、中村孝光案内人及び富田信三教諭らから、雪渓の成因と危険性について説明があり、近よるな、乗るな、さわるな、石を投げるな、等と個別的、具体的な注意がなされ、おおよその見学すべき場所も指示され、生徒は、これを理解していたと考えられ、かつ、雪洞の雪庇は、外観上から危険であることは充分認識し得られる状態にあったと考えられる。そして引率者はそれぞれ、全生徒の行動を監視し、個別的にも、携帯マイク等で呼びかけていたのである。

以上のような、引率者の注意と監視の行為を考えるならば、判断力の未熟なものがまだ残り、旅行という浮ついた気持のあることを考慮に入れても、一七年余に達した高校二年生という成人に近い判断能力を有している者に対する注意義務としては欠けるものがあったということはできない。右以上に、各生徒についての、全行動についてまで、監視をなすことを要求することは、もはや難きを求めるものといわなければならない。」

(二) 本件修学旅行に関しても、学校側は出発前に生徒に再三一般的注意を口頭で与え、注意事項を記載した文書を配布している。したがって生徒らは旅行中危険なことをしたり、あばれてはいけないことを十分知っていたはずである。また出発後も、車中、旅館等に於て再三引率教師が巡回を行ない監視指導している。

そして、高校二年生という成人に近い判断能力を有している者に対する注意としては、右以上に、各生徒についての全行動についてまで監視することを求めることは、右裁判例同様「もはや難きを求めるもの」である。したがって、学校側には本件事故につき注意義務違反はない。

(三) また、被告甲野に対する学校側の監督義務については、本件のように防具に座ぶとんをつけた上でのボクシングの際の頭部打撲により橋状静脈が破綻して硬膜下出血が生じることの予見は、高校生程度の常識では不可能であり、したがって被告甲野には本件事故の結果につき予見可能性がなく、同被告に過失はないのであり、また、本件ボクシングは、井上の同意の下にルールを定め、妥当な休憩時間を設け、座ぶとんを防具につける等して行なわれ、被告甲野と井上との間に体力差もなく、公正な方法で行なわれたのであるから、スポーツの一種として違法性が阻却される行為である。したがって被告甲野は生じた結果につき責任を問われることはない。

以上のとおり、被告甲野について本件事故の責任はないのであるから、学校側として被告甲野を監督する義務はなかったというべきである。

三  抗弁

(被告甲野)

本件の井上と被告甲野とのボクシングは、以下の諸事情によってみれば、いわゆる社会的相当行為に当るものであって違法性がない。以下この点について主張する。

(一) 井上、被告甲野の合意ないし井上の承諾

本件ボクシングは、被告甲野が井上に対し「佳治やろうか」と誘い、井上が「うんやろうか」と自由な意思で応じたことにはじまるが、被告甲野が井上を誘ったのは、普段から井上とは仲の良い方だったことから親しみにより又旅行気分も手伝って気軽に声をかけたことによるが、この点は旅行中の部屋割が仲の良い者同士を集めたこと、被告甲野が時折野球部の臨時の選手となり、部員であった井上と親しくしていたことなどから明らかである。

なおルールについても同室の者の中から「ルールを決めた方が良い」との提案があり、皆で話し合っているうちに決ったものである。

(二) 安全措置

本件ボクシングの前の訴外花山太郎と被告甲野との対戦の際の装具は、座布団を単に二つ折りにしただけだったが、これでは痛そうだったので被告甲野の提案により、二つ折りにしたものを更に二つに折って、結局座布団を四つ折りにして両手にまきつけ、それを浴衣のヒモで結びつけ、グローブ代りにしたのである。そして、右座布団は同室者が結んでやり、ゆるんでくると何度も巻き直しをして、座布団が手からはずれない様に注意していた。更に他の同室者達は、テレビ、壁、柱、障子などの前に立って、井上、被告甲野の両名がそれらのものにぶつからないように配慮した。現に右両名は壁などにぶつかることもなかった。

(三) 打ち合いの状況

打ち合いの状況については、見た目にはどちらが優勢かわからない程の互角であった。また、試合途中、特に休憩時間等には他の同室者が相撲をとったり、全く楽しい雰囲気のうちに進行した。そして共にエキサイトすることもなく、お互いが相手に試合続行を強制したりすることもないまま、両名の自由な意思によって進行したのである。勿論右試合中、蹴るとかしがみつくといったことなどのルール違反は一切なかった。

(四) 本件ボクシングの危険性

修学旅行といえば、生徒にとっては学校生活最大の楽しみであり、陽気な気分になり、多少はあばれたい気持をもつものであるが、前述したように本件ボクシングも、修学旅行の開放された気分から、生徒同士が始めたことであり、ルールも決め、事故のないように安全措置を講じてなしたものであるが、当事者のみならず、同室のものも声援を送ったりして観戦し何ら危険性は感じなかったものである。

この点は、被告甲野のみならず井上も体格がよく、お互いにこれといった決定打もなしで、途中でやめようとも言わず競技が進行したこと、途中に相撲をとったりした者がいたこと、井上、被告甲野戦が終ったあと同室の海川次郎、山海五郎の両名がボクシングを始めたこと、乙田月夫が他の部屋ヘボクシングをしに行ったことなどによっても明らかである。だからこそ、レフリー役の者をはじめ同室の誰もが井上、被告甲野両名のボクシングを止めさせようとしなかったのであり、又止めさせようとさえ思わなかったのである。

以上本件ボクシングは遊びであり当事者のみならず、同室の誰の目から見ても危険性を感じさせるようなものではなかった。

もとより井上も被告甲野も当時一七才の高校二年生で肉体的にも成人の域に達していたのである。

(五) 結論

本来野球やボクシングなどのスポーツによる加害は、原則として違法性を持たないものであってみれば、たとえそれが公式のルールに則ったものでない遊びであっても、一応のルールを決め、安全措置を講じたうえでなしたものであれば、同一に評価しうるものと考える。もっともいかにスポーツとはいえ、それが公序良俗に反し、社会的に是認されなくなれば違法性を帯びることになるが、本件のようなボクシングはスポーツとしても公に認められたものであり、又、同室者が皆危険を感じないようなものであってみれば、社会的にも充分是認しうる行為と考える。

また、被害者の承諾についても、それが違法性を阻却する為には、それが公序良俗に反するものであってはならない(例えば自殺の幇助や決闘など)が、本件は以上述べたようにボクシング遊びであり、公序良俗に反するものとはいえない。

したがって、本件の被告甲野の行為は、社会的相当行為によって違法性が阻却されるものであり、被告甲野は何らの民事責任を負うものではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の各事実は各当事者間に争いがない。

二  修学旅行中の三日目である昭和四九年一〇月二一日、宿泊先のニューホテル鵬閣二〇四号室において、被告甲野は井上とボクシングを始め、途中丙川、月山両教諭がそれぞれ二〇四号室へ来たため中断したものの、ボクシングは引分けに終った。ところが井上は同日午後一一時ころ嘔吐し、阿蘇中央病院へ救急車で運ばれたが、翌二二日午後一一時一五分頭部外傷(急性硬膜下血腫及び脳挫傷)により死亡した。以上の事実もまた各当事者間に争いがない。

三  本件ボクシングの状況等について

《証拠省略》に前記争いのない事実を総合すると以下の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  修学旅行三日目の昭和四九年一〇月二一日、○○高校の修学旅行の一行はニューホテル鵬閣に予定より遅れて午後五時三〇分頃到着したので、食事、風呂のあと午後一〇時に点呼をとることとし、それまでは外出禁止ではあるものの自由時間とされた。そして、二年C組の生徒であった被告甲野と井上は当日はニューホテル鵬閣の二〇四号室へ宿泊することになっていた。

2  被告甲野は他の室で二年A組の生徒がボクシングをしているのを見ており、二〇四号室へもどってから午後九時三〇分頃になって同室の花山太郎をさそい、ボクシングをはじめたが、右花山は被告甲野のストレートが顔にあたり、その痛みのためボクシングをやめてしまった。この間数分に満たないくらいであり、井上もこのボクシングを見ていた。

3  そこで、同被告は、今度は井上をボクシングにさそったところ、右井上は承諾し、スポンジ入座布団を四つ折りにし浴衣のひもで手にまきつけたものをグローブのかわりとし(なお被告甲野と花山のボクシングの際は二つ折りであった)ボクシングをはじめた。このとき、ボクシングの回数は五ラウンドとし一ラウンドから四ラウンドまでは二分間、五ラウンドは三分間とし途中で一分間の休憩をとることに決め、乙田月夫や山川海夫がレフリーの役目をし前記花山が時計係の役目をするような形になった。

ボクシングは五ラウンドを通じて二、三〇発の軽いパンチがお互いの頭部顔面等にあたり、三ラウンド目には被告甲野の右フックが井上の頭部に四ラウンド目にはストレートが井上の顔面に入った。そして、回をおうごとに興奮し、パンチが入ったときは相互に一段と熱が入り、また四ラウンド頃からは双方ともくたくたになり、あせびっしょりになっていた。ボクシングについて被告甲野、井上双方とも反則行為はなく、途中座布団がはずれたことが何回かあったがその都度しめなおし、時間についても休憩時間は予定より長目になったが各ラウンドはほぼ時間どおりであり、ボクシングは五ラウンドまで続けられ、被告甲野、井上双方ともダウンをすることはなかった。また、同室の生徒はテレビやふすまのところに立って観戦しており、右ボクシングをやめさせようとした者はいなかった。

4  被告甲野と井上のボクシングが終了した後、海川次郎と山海五郎がボクシングをしたが一分ほどで中止した。

5  被告甲野は昭和三二年八月九日生れで本件事故当時一七才二か月の男子であり身長一七六・五センチメートル、体重六〇キログラムであり、一方、井上は昭和三二年六月二〇日生れで当時一七才四か月で身長一七〇センチメートル、体重五一キログラムの男子であって、両名とも本件事故までボクシングをしたことはなかった。

6  井上はボクシング終了後しばらくして嘔吐し、阿蘇中央病院へ運ばれ、同病院で開頭手術により硬膜下血腫摘出及び破綻血管の電気メスによる凝固止血がなされたが、再度硬膜下及びくも膜下出血をきたし、さらに循環障害による脳浮腫をも招来し、脳ヘルニアの状態で死亡した。

7  井上の死体解剖をなした矢谷隆一は、井上が左側下頭頂小葉角回部で橋状静脈が破綻、硬膜下血腫を形成したのは鈍的物体による頭部打撲が原因であるとの解剖所見を報告している。

なお、原告らは被告甲野が嫌がる井上を無理矢理相手にしてボクシングをはじめた旨主張し、原告井上英夫本人尋問の結果中に右英夫が海川次郎から「井上は無理矢理(ボクシング)にひっぱりだされた」と聞いたとの供述があるが、前認定のとおり井上は五ラウンドの最後までボクシングにつきあっており、右の供述から直ちに被告甲野が井上を相手に無理矢理ボクシングをしたものと認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、原告らは井上は月山秋夫の点呼後ボクシングをすることを拒否したが、被告甲野が強引に続行した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠もない。

8  そして、ボクシングは、ロープでとり囲まれたリング上で二人の競技者が手にグローブをはめ互いに相手の頭部を含む上半身を打ちあうスポーツであって、競技を行う際には、身体を保護するため競技者はグローブをつけるほか、マウスピースをくわえ、ジュニア(高校生)の場合にはヘッドギアーをつけ、レフリーあるいはタイムキーパーが試合の進行、時間を守る役割をし、また体重により各階級に分かれていること、しかして、ボクシング競技においてはプロであるとアマチュアの場合であるとを問わずときに傷害事故や死亡事故の発生することは一般に常識として知られているところである。

四  次に前記事実を基に井上の傷害死亡が被告甲野のボクシングによる殴打によるものか否かについて検討することにする。

《証拠省略》中の矢谷隆一の解剖所見報告によれば鈍的物体による頭部打撲が頭部外傷(ひいては死亡)の原因とされているところ、被告甲野は単にスポンジ入の座布団を四つ折りにしたものをグローブ代りにしただけであるから、これをもって前記認定のごとく井上の顔面頭部等を殴打する衝撃を考えると、被告甲野のボクシングによる殴打が井上の頭部傷害(死亡)の原因となったものと推認することができる。他方、井上のほかにボクシングをした生徒がおり、これらの生徒には何ら異常がないが、前記解剖所見及びボクシングの状況から考えると右事実のみをもって前記推認をくつがえすことはできない。また、井上は開頭手術終了後再び出血し死亡しているが、これとて手術のミスによるものであるならばともかく、そのようなことは認められず、《証拠省略》によれば再出血の事実があったとしても井上の死亡の原因が被告甲野のボクシングにあるものといって何ら差支えないものと認められる。さらに《証拠省略》によれば、井上は野球部に属しており、本件事故の約一か月半前の昭和四九年九月二日顔面に硬球のデッドボールをうけ医師の手当をうけた事実が認められるが、本件事故までに日数がたっており、本件死亡と右デットボールとの因果関係を推認させる証拠はない。

五  被告甲野の責任

1  ボクシングは前記のとおり互いに頭部を含む上半身を打ちあうスポーツであり、ときに身体・生命に対し危険を及ぼすものであるから、本来所定の用具を着用し、ルールにしたがって、これを行うべきものであるところ、本件の場合、被告甲野は九キログラムの体重差(この数字から被告甲野と井上は概ね三階級差であることがうかがわれる)を無視し、頭部を保護する配慮を全くせず、グローブの代りとしてスポンジ入座布団を四つ折りにしたものを着用したのみでボクシングを行ったものであるが、かかる場合には、当然身体、生命に対する危険の生ずることのないよう単なる遊び、即ち、ボクシングをなす時間をごく短時間とし、打ち合いも形をまねる程度にするかあるいは急所をさけ軽く打ち合う程度にとどめておくべきものであるに拘らず、被告甲野は右の点に何ら注意を払うことをせず五ラウンド(ちなみに高校生の場合一ラウンド二分間各一分の休憩時間をおき三ラウンドで終了するのが公式ルールであることは当裁判所に明らかである。)の間ボクシングを続行し、その間前記認定のとおり本格的に打合ったのであるから、被告甲野はこの点において過失があるといわざるをえない。

ところで被告らは被告甲野につき井上の死亡につき予見可能性がなく、あるいは結果回避義務違反はないと主張するので、以下被告甲野の過失につきふえんする。

ボクシング競技の性質上打撃を加える場所の如何によっては、身体、生命に危険を生ずることがあることは通常人であれば十分に予想可能であると認められるところ、《証拠省略》によれば、一般的認識からしても、また被告甲野と花山とのボクシングの際、花山が被告甲野のストレートを受け苦痛のあまりすぐにボクシングを中止した際の状況からしても被告甲野にとって右のことは十分予見可能であったと認められる(なお、右予見可能性は橋状静脈が破綻して硬膜下出血が生じるという医学的な原因までも予見を必要とするものではないし、さらに、井上がボクシングに同意し被告甲野が井上の死亡を考えていなかったとしても、注意義務の内容は予見可能性を問題にするものであって、現実に予見したか否かを問題にするものではなく、これをもって被告甲野の予見可能性を否定することはできない。)。

また、なるほど被告甲野は座布団を四つ折りにして手にまきつけ、座布団がはずれたときはまき直したこと、同室の生徒がテレビ等の回りに立っていたことなどは前記認定のとおりであるが、前記説示(五・1)のところから明らかなように右のような措置をもって本件の場合結果回避義務をつくしたとはいいがたい。

2  次に被告らは、本件ボクシングは社会的相当行為であり、違法性が阻却されると主張するので右につき判断する。

なるほど、ボクシングそのものはスポーツであり、従って、有形力の行使自体が原則として社会的相当行為として違法性のないものであることは当然である。しかし、本件はボクシングといっても所定の用具を着用せず単にグローブの代りにスポンジ入座布団を四つ折りにしたものをつけただけで九キログラムの体重差を無視して五ラウンドにわたり行なったものであってこのような事情の下でのボクシングはその方法自体相当といいがたく違法性を阻却するものではない。

以上のことから被告甲野は民法七〇九条の不法行為責任を免れない。

六  被告三重県の責任

1  国家賠償法一条の「公権力の行使」とは狭義の国又は地方公共団体がその権限に基づき、優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、国又は公共団体の行う非権力的作用もまた包含されると解するのが相当であり、従って、本件のように学校の教育活動の一環として実施された修学旅行中に生じた事故(丙川春夫、月山秋夫を含む引率教員が教諭として○○高校に勤務する地方公務員であることは各当事者間に争いがない)についても同法の適用があるというべきである。

2  まず、原告らは引率の各教員が宿舎到着後の夜間の生徒の行動についても十分に監督監視する義務があり外出を禁止された生徒は何をするかわからず危険な遊びをすることは十分考えられるのにこの点を配慮しての監督がなされていなかった点に過失がある旨主張するので右の点につき判断する。

《証拠省略》によれば、○○高校は修学旅行の出発前の九月、学年集会やホーム・ルームの際の二回、それに旅行直前の約四日間生徒に対し暴力をふるってはいけない等の一般的な注意を与え、保護者には「修学旅行について」と題する書面を出したり、生徒にしおりをわたして注意を与えていたこと、旅館についてからも班長を介し、また食事に全員集ったりした際に前記のような一般的な注意をくり返していたこと、本件事故当日は予定より遅れて午後五時三〇分頃ニューホテル鵬閣に到着し、食事風呂をすませ、点呼をとる午後一〇時までは自由時間(ただし外出禁止)となっていたこと、そして右点呼までは各クラス担任の教員が自分のクラスの部屋を適宜見回っていたこと、以上の事実が認められる。

ところで、公立学校の教員は、学校教育法等の法令によって、生徒を保護し監督する義務があり、この監督義務は学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係の範囲に及ぶものであることはいうまでもない。しかし、高校二年生といえば一七才に達しており、通常その心身の発達の程度は成人に近いものがあり、自己の行為によりいかなる結果が生じいかなる責任を負担するかの判断能力も成人に近いものがあり、このような生徒には自主的に自己の行為を規制し、責任をもって行動することを期待しうるものである。そして、これらの生徒を引率する教員は右のような能力に達していることを前提とした適切な注意監督をすれば足りるというべきである。

そうすると、本件の場合自由時間は生徒の自由にまかせられた時間であり、修学旅行時にあっては平常時よりもうわついた気分になりがちであることを考慮しても、引率教員は、すでに一般的な注意を生徒にくり返し与えているのであるから、それ以上に生徒の一切の行動を常に監督する必要はなく担任の適宜の見回り等で足りるというべく、この点につき監督体制に不備ありとして引率教員の過失を認めることはできない。

よって、原告らの前記主張は採用しない。

3  次に、丙川春夫の過失について判断する。

《証拠省略》を総合すると、丙川は二年D組の担任であったが、本件事故当日、二年C組の担任である月山教諭が腹痛をおこしていたので、右月山のクラスの生徒が宿泊する二〇四号室も見回っておこうと考え、二〇四号室へ入ったところ、敷いてある布団がみだれていたことから二〇四号室の生徒らが暴れていたと判断し、「こら、何やっとんじゃ。これは何じゃ。暴れたらあかんやないか。けがしたらどうするんじゃ。ふとんを片ずけてするもんじゃ。ばか者が」。といって同室を出ていったこと、右丙川が入ってきたのは三ラウンド目の途中であったが、井上及び被告甲野はボクシングを中断し、両腕を背中の後ろにまわし、両手にまいた座布団を隠していたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告らは丙川が二〇四号室で被告甲野と井上がボクシングをしているところを目撃した旨主張し、《証拠省略》中には右主張にそう部分がみうけられるが、他方、《証拠省略》によれば、丙川が二〇四号室に入る前に生徒が「来た」と叫びその声で被告甲野はボクシングを中断したことが認められ、右事実に照らすと、原告らの主張に沿う前記各証拠はたやすく措信できず、他に原告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

ところで、丙川についても引率教員の一人として前述のように生徒に対する監督義務が認められるところ、教員が生徒のいる部屋を見回りにいった場合には、当然生徒の動静に注意し、生徒達が注意事項に違反した粗暴な行動等に出ていないか否かを調査し違反行為があればこれを中止させるべき注意義務のあるところ、右丙川はこれを怠り二〇四号室の生徒らが相撲かレスリングなどをして暴れていたことを認識し、かつ、万一の場合の危険性まで考えた(丙川証言)にもかかわらず、何ら具体的な調査をせず従って状況に応じた適切な注意ないし措置をすることもなく退室した点において過失があるというべきである(前認定の事実関係からすれば丙川が見回りに際してつくすべき右注意義務をつくしておれば、被告甲野が本件のような状況下すなわち遊びの程度を超えた状況下でボクシングをなしていたことを容易に発見でき直ちにこれを制止しえたものと認められる。なお、丙川は井上、被告甲野らの担任ではなかったが、担任である月山にかわって見回りにいったものであり、右注意義務は担任であるか否かには関係ないものといわざるをえない。

そして、丙川が退室した後もボクシングが続けられたのであるが、前認定(三・3)のごときボクシングの状況からすれば他に特段の反対事情が認められない以上丙川の注意義務け怠と井上の死亡との間に因果関係を推認することができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  そうすると、月山秋夫の過失について判断するまでもなく、被告三重県は国家賠償法一条により、被告三重県の公権力の行使にあたる教員がその職務を行うにつき過失により井上及び原告らに与えた後記損害を賠償しなければならない。

七  損害

1  井上の逸失利益

前記認定のとおり井上は本件事故当時満一七才の男子であって厚生省第一三回完全生命表上の満一七才の男子の平均余命年数は五四・〇六年であるから、同人は本件事故にあわなければ、六七才に達するまで十分稼働しえたと考えられ、また、弁論の全趣旨によれば井上は高校卒業後就職し稼働を開始することが認められる。

ところで、高卒後稼働を予定された生徒の逸失利益は死亡年度における高卒の初任給(賞与等を含む)を基礎として計算するのが相当であるところ井上の死亡した昭和四九年の賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計男子労働者学歴計の年令別年間合計額の一八才の項によれば、その初任給の年額は一〇〇万九九〇〇円であることが明らかである。

そして、その生活費は右収入額の五割と認めるのが相当であるので、これを控除したうえ、同人の死亡による逸失利益を年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一一九九万二三六〇円となる。

1,009,900×1/2×(24.7019-0.9523)=11,992,360

ところで、既に認定したように、井上の年齢及び井上が被告甲野と花山とのボクシングを見ていることを考えると井上においても被告甲野におけると同様にボクシングが身体生命に危険を及ぼすことのあることは予想できたものと考えられ、場合によっては加害者の立場になるやもしれないにもかかわらず、さそわれたとはいえボクシングを承諾し、かつ、自らの意思で最後の五ラウンドまで継続しておりこの点に井上にも不注意があったといわざるをえない。そして、その過失割合は前記認定の諸事情の下では五割と考えるのが相当であり、前記逸失利益に右割合による過失相殺をすれば五九九万六一八〇円となる。

2  精神的損害

次に井上が本件事故により多大の精神的ならびに肉体的苦痛を受けたことはすでに認定した事故の態様等からして明らかであるところ、井上の年齢、その他すでに認定した諸事情を総合考慮すると井上は慰藉料として一〇〇万円の支払をうけるのが相当である。

3  相続

そして原告らが井上の両親であることは各当事者間に争いがなく、右事実及び《証拠省略》によると、原告らはそれぞれ1項及び2項金額の二分の一である二九九万八〇九〇円と五〇万円、合計三四九万八〇九〇円宛相続したことが認められる。

4  原告らの精神的損害

原告らが井上の両親であることは各当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告らは本件事故による井上の死亡により多大の精神的打撃を受けたことが認められ、しかして、本件事故の態様その他諸事情を総合考慮すると、原告らはそれぞれ一〇〇万円の慰藉料の支払をうけるのが相当である。

5  弁護士費用

以上、原告らの損害賠償債権は各四四九万八〇九〇円宛となるところ、原告らが弁護士に依頼して本訴追行にあたったことは記録上明らかであり、訴訟の性質、態様、期間を考え合わせると、その費用中右認定額の約七パーセントに当る各三〇万円(合計六〇万円)を本件事故と相当因果関係のある損害としてみるのが相当である。

八  結論

そうすると原告らの被告甲野及び同三重県に対する請求は各自四七九万八〇九〇円、及びうち四四九万八〇九〇円に対する不法行為の日である昭和四九年一〇月二一日から、うち三〇万円に対する本判決確定の日の翌日から右各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(弁護士費用については支払期限の主張立証がないから本判決確定の日の翌日から遅延損害金を付することとする。)その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野精 裁判官 川原誠 徳永幸蔵)

〈以下省略〉

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